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		<title>My Web Log</title>
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		<description>Welcome to &amp;quot;My Web Log&amp;quot;.</description>
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		<title>奈良散策 〜2〜 法隆寺</title>
		<description>奈良というと「東大寺」や「法隆寺」がパッと浮かぶのは初等学校で刷り込まれているからだろう。
その知識も、半世紀もすると怪しくなってきた。それは、言い換えれば、考古学的な発掘、調査、研究が進んだ結果といえる。だからこそ、また行ってみたいと思うのだが…。
聖人君子や偉人の出自や経歴のみならず、存在すら「？」ということになると、いささか困惑する。</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p>奈良というと「東大寺」や「法隆寺」がパッと浮かぶのは初等学校で刷り込まれているからだろう。<br>
<br />その知識も、半世紀もすると怪しくなってきた。それは、言い換えれば、考古学的な発掘、調査、研究が進んだ結果といえる。だからこそ、また行ってみたいと思うのだが…。</p>
<br /><p>聖人君子や偉人の出自や経歴のみならず、存在すら「？」ということになると、いささか困惑する。<br>
<br />教え込まれた身からすると、あのとき、「現時点では、これが定説となっているが、今後の研究如何ではわからない」くらいの但し書きが欲しかった気がする。一方、権威を重んじる役人や、自分が納得できたことしか信じない学者は、口が裂けても発しない文言に違いなかろうとも思う。</p>
<br /><p>そんなこんなで、三十数年前も訪れた法隆寺に、このたびも行ってみた。</p>
<br /><p>その昔、奈良へのアクセスはあまり便利とはいえない、という印象だった。
<br /><br>
<br />京都からは近鉄でも入れたが、京都線も奈良線もいまいちだった。おそらく、西大寺駅が奈良駅だったらそうでもなかったのだろう。大阪からというと、私鉄をスルーできない者にとっては国鉄のみに思えて、敬遠したくなったものだ。<br>
<br />いまは、大阪から大和路快速、京都からはみやこ路快速が1時間に数本運行されている。大和路快速の「JR法隆寺」駅はその停車駅。今回は大阪から入り法隆寺駅に降り立った。<br>
<br />当節、いずこも同様。新建材ずくめの建屋やま新しいエスカレーターが、シーズンオフゆえの人けのなさのうら寂しさを一層際立たせている。</p>
<br /><p><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji01.jpg" width="142" height="256" border="0" align="left">案内板で確認したとおり、「法隆寺」を目指して歩き出す。小さな商店街は、地元民の生活に必要な店舗を除いて休眠を決め込んでいる。<br>
<br />だんだん人けがなくなる道をひたすら歩く。道端の建物の切れ目から塔だか伽藍だかの屋根らしいものが遠目に見え隠れするようになる。そのうち、建物もまばらになる。<br>
<br />国道か、広くていくらか交通量が多い道をクランク状に渡り、ようやく街路樹が立ち並ぶ参道の入り口。<br>
<br />思わず一息つく。<br clear="all"></p>
<br /><p><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji02.jpg" width="142" height="256" border="0" align="left">まっすぐな参道を歩く。両脇の店は戸締りしたまま。人影はまばら。しばらくすると南大門と五重塔が真正面に。<br>
<br />この景色は脳裏に焼きついている。正面、南大門の奥が西院伽藍、その右手が東院伽藍（写真にはないが）。<br clear="all">
<br /></p>
<br /><p><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji03.jpg" width="256" height="170" border="0" align="left">法隆寺到着。<br>
<br />「1993年12月には、ユネスコの世界遺産のリストに日本で初めて登録されるなど、世界的な仏教文化の宝庫として人々の注目を集めています」（「法隆寺畧縁起」より）。<br>
<br />創建の由来などは、ガイドブックをはじめ、関連のページに詳しい。念のためと思い、googleで「法隆寺」を検索してみると、ヒット数が83万件を超える。さすがというべきか。<br clear="all"></p>
<br /><p>しばらく回りを見て歩いて参拝券を求めて中へ。一般参拝券は、西院伽藍、大宝蔵院、東院伽藍がセットになっている。順路に従って歩く。</p>
<br /><p>?南大門（室町時代）（「法隆寺畧縁起」より、以下同様）<blockquote>
<br />前出。
<br /></blockquote><br clear="all">
<br /><p>?中門および廻廊（飛鳥時代）
<br /><blockquote>
<br /><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji04.jpg" width="256" height="170" border="0" align="left"> （中門の画像はなし）<br><br>
<br />金剛力士像が、見るモノをすごい形相で睨みつけているかに見える。心に疚しさがある者のひが目か。<br>
<br />遠い昔、門の柱がエンタシスだなんて教わったものだった。エンタシスというとギリシャの神殿じゃないか、ギリシャの文物が伝わったとすればシルクロードしかなかろう、などと想像の世界は広がる。</blockquote>
<br /><br clear="all"></p>
<br /><p>?金堂（飛鳥時代）?五重塔（飛鳥時代）
<br /><blockquote>
<br /><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji05.jpg" width="256" height="170" border="0" align="left">
<br />（裏側から）<br>
<br />法隆寺というと「五重塔」を連想するヒトもいるに違いない。<br>
<br />その昔、望遠レンズを通して水煙を見たワクワクが鮮やかによみがえる。</blockquote><br clear="all"></p>
<br /><p>?大講堂（平安時代）?経蔵（飛鳥時代）<blockquote>
<br /><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji07.jpg" width="256" height="170" border="0" align="left">
<br />左が経蔵、右は大講堂。
<br /></blockquote><br clear="all"></p>
<br /><p>?鐘楼（平安時代）</p>
<br /><p>?上御堂（鎌倉時代）</p>
<br /><p>?西円堂（鎌倉時代）</p>
<br /><p>?聖霊院（鎌倉時代）</p>
<br /><p>?大宝蔵院<blockquote>学校で教わったとき、何のことやらさっぱり飲み込めなかった。初めて間近にみたときも、やっぱり、黒ずんで薄汚れているだけでよくわからなかった。あの玉虫厨子をはじめとする、飛鳥時代〜近世の宝物が安置・展示されている。<br>
<br />展示された仏像などは、例外なく撮影禁止。三十何年前は撮影した記憶があるのだが。<br>
<br />所蔵の仏像・文物は、巡業よりしく、どこかの博物館へとお出ましになっていることがよくある。また、秘仏などは年に1回とか、数年に1回とかしか拝観できなかったりする。どうしても、というヒトは事前に調べておいたほうがいい。<br>
<br />なかには、奈良などの国立博物館に常設展示されているものもある。<br>
<br />安直でも、どんな感じかちょっとみてみたいというのなら、ものによってはレプリカの展示も見つかる。</blockquote><br clear="all"></p>
<br /><p>?百済観音堂</p>
<br /><p>?東大門（奈良時代）</p>
<br /><p>?夢殿（奈良時代）<blockquote>
<br /><img src="http://7.dtiblog.com/o/oicu/file/todaiji08.jpg" width="256" height="170" border="0" align="left"> 法隆寺というと「夢殿」を連想するヒトもいるだろう。<br>
<br />ちと長いが前出「法隆寺畧縁起」から引用すると「西暦601年に造営された斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を上宮王院といいます。その中心となる建物がこの夢殿です。（中略）まさに観音の化身と伝える聖徳太子を、供養するための殿堂としてふぃさわしい神秘的な雰囲気を漂わせています」とある。</blockquote><br clear="all"></p>
<br /><p>?舎利殿・絵殿（鎌倉時代）</p>
<br /><p>?伝法堂（奈良時代）</p>
<br /><p>?東院鐘楼（鎌倉時代）</p>
<br /><p>ゆっくりとみて、想像を巡らしていると、あっという間に時間がすぎてしまう。ここは、団体旅行で来るにはモッタイナイ。<br>
<br />腰を落ち着け、斑鳩の空気を吸い込みながら1400余年前にドップリと浸かるくらいの構えがいる、とは思い入れが激しすぎるか。</p>
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>Weblog</dc:subject>
		<dc:date>2009-03-13T12:22:35+09:00</dc:date>
		<dc:creator>oicu</dc:creator>
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		<title>奈良散策 ~ 1 ~</title>
		<description>久しぶりに奈良に降り立った。JR奈良駅は大工事中。
 記憶をたどりつつ興福寺に通じる道を進む。
</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p><img src="http://24.dtiblog.com/o/oicu/file/2009-02-18_214-s.jpg" height="320" border="0" align="left" alt="2009-02-18_214-s.jpg" />久しぶりに奈良に降り立った。JR奈良駅は大工事中。<br>
<br /> 記憶をたどりつつ興福寺に通じる道を進む。<br>
<br /> 舗装がきれいになり、街並み全体がすっきりした印象。<br>
<br />記憶にある街並みは、もっとゴチャゴチャしていたのだが。<br>
<br /> ところどころに、日本のどこでも見かける店の看板がある。<br>
<br /> それもご時勢と諦めるしかあるまい。こうして、どの街ものっぺりした特長のない街に変わっていく。
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<br /><p><img src="http://24.dtiblog.com/o/oicu/file/2009-02-04_187-s.jpg" width="177" height="320" border="0" align="left" alt="2009-02-04_187-s.jpg" />近鉄奈良駅には、報道ですっかり有名になったキャラクター・セント君の看板。平城遷都1300年（平成22年）までの残り日数を指し示している。<br>
<br />近鉄奈良駅あたりは、記憶のイメージとあまり変わった印象はない。アーケードの店舗は入れ替わっているんだろう、と歩いてみたら案の定、誰でも知っている100円ショップがど真ん中に。思わずため息。
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<br /><p><img src="http://24.dtiblog.com/o/oicu/file/2009-02-19_279-s.jpg" width="320" height="177" border="0" align="left" alt="2009-02-19_279-s.jpg" />
<br />奈良奥山ドライブウェイの高台から見回すと、山並みに囲まれた奈良盆地を一望できる。
<br /><p>主だったところでは、大阪側に生駒山、南に下がって二上山、葛城山、その北東、桜井市のあたりには三輪山、さらに北東には高円山、北に視線を転じると、京都側に笠置山がある。<br>
<br /> 奈良と京都は、盆地であるためか、夏暑く、冬寒いという印象がある。また、奈良というと霧が思い浮かぶ。<br>
<br />どうして、ヒトがこのような土地に住み着くようになったのか、この地に都がおかれることになったのか、など興味が尽きない。
<br /><p>仏教は、欽明天皇の時代（538年）に百済からこの地に伝えられたという。<br>
<br />一時は、物部・蘇我の勢力争いの狭間でピンチに陥ったかにみえた仏教がどのように日本中に広まったものか。<br>
<br />昨今、新聞を読んでいると、遺跡にまつわるニュースがたびたび報じられている。それだけ、開発が進んでいるということなのだろう。ときには、こころない業者や行政当局が文化遺産を破壊してしまったなどというニュースもある。<br>
<br />素人目に、奈良は京都ほど乱開発されていないので、もっと貴重な遺物が地中に眠っていそうで、わくわくするのもいい。
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>Weblog</dc:subject>
		<dc:date>2009-03-04T12:34:51+09:00</dc:date>
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		<title>奈良散歩・30数年ぶりの再訪</title>
		<description>機会があって、30数年ぶりに奈良を何日かに分けて歩き回りました。歩いてみてうれしかったのは、シーズンオということで人影がまばらだったこととと、京都ほど荒れていないこと。さすがに、JR奈良駅界隈は誰もが想像できる「平均的な都会」の姿にすっかり変貌しつつありました。これはまだ現在進行中であり、JR奈良駅は大工事の真っ最中です。周辺には見慣れないビルが立ち並び、それだけでげんなりしそうでした</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p>機会があって、30数年ぶりに奈良を何日かに分けて歩き回りました。歩いてみてうれしかったのは、シーズンオということで人影がまばらだったこととと、京都ほど荒れていないこと。<p>さすがに、JR奈良駅界隈は誰もが想像できる「平均的な都会」の姿にすっかり変貌しつつありました。これはまだ現在進行中であり、JR奈良駅は大工事の真っ最中です。周辺には見慣れないビルが立ち並び、それだけでげんなりしそうでした。
<br />
<br /><p>ここ10年ばかり、昔訪れたことがある土地に行ってみて、どれだけげんなりしたり、がっかりしたことか。大自然が売りの観光地ですらそうでした。新聞でよく報じられる、歴史の街・京都などにおける景観の破壊行為。商業主義が優先するご時勢にあってはどうにもならないのかと、諦めが先立つ昨今です。もっとも、このところのアメリカ型価値観の破綻騒ぎで、破壊の矛先がすこしは鈍るのかもしれませんが。
<br />
<br /><p>でも、奈良は広いのです。歩き回るにつれ、うれしくなしました。記憶に残る画像がそのまま目前に現れることが珍しくないのです。もちろん、記憶が色あせてるに違いないから、なんとも手前勝手な感慨です。それでも、京都と照らしてみると驚くべきことです。<p>今回の散歩には、デジカメを持参しました。昔は、自慢のNIKONカメラとレンズ何本かを持参したものでした。フィルムはネガと奮発してポジ何本かをもって行きました。当時、現像やらなにやらにそれなりの費用がかかったのを憶えています。一昨年、調べてみると数本のポジが何とか見つかりましたが、あまり保存状態がよくないので、痛んでいるものもありました。ネガは全滅です。新旧を並べて公開するのは諦めて、そっと見ることにします。<p>ポジを見つけて以来、できれば、同じところを再訪したいものだと思っていました。それが実現したということです。時間をみて、訪れた先を紹介してみることにします。予定では、次のリストに沿うつもりです。かならずしも歩いたコースと一致しているわけではありませんが、地理的に近傍にあるものが一行になっています。
<br /><ul>
<br /><li>法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺
<br /><li>唐招提寺、薬師寺
<br /><li>西大寺、秋篠寺、法華寺、海龍王子、不退寺、<ins datetime="2009-02-20">狭岡神社、長慶寺、（興福院）、北山十八間戸、</ins>般若寺
<br /><li>白毫寺、新薬師寺、元興寺、東大寺<ins datetime="2009-02-20">、正倉院</ins>
<br /><li><ins datetime="2009-02-20">正暦寺、弘仁寺、（円照寺、帯解寺）</ins>
<br /><li>室生寺、（室生川岸の）磨崖仏、大野寺、長谷寺
<br /><li>平城京跡、平城京資料館・発掘展示館、古墳群、（同名の二社が隣接する）佐紀神社
<br /><li>春日大社、国立奈良博物館
<br /></ul> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>Weblog</dc:subject>
		<dc:date>2009-02-15T12:39:39+09:00</dc:date>
		<dc:creator>oicu</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://oicu.dtiblog.com/blog-entry-326.html">
		<link>http://oicu.dtiblog.com/blog-entry-326.html</link>
		<title>舌打ちする思い</title>
		<description>まことに、泣く子とバカ（現PM）は御しがたい。発言を聞くたびに舌打ちしたくなるほどのひどさ。誰だ、あんなのを頭に据えたのは！
いい歳をして漢字が読めないくらいかわいいもので、地方分権の何たるかを理解できていないのには大いに呆れた。おおかた、このたびの金融危機の何たるかも理解できないに違いない。それでもG20にでかけ胸張って帰ってきた。
G20では、「I</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p>まことに、泣く子とバカ（現PM）は御しがたい。発言を聞くたびに舌打ちしたくなるほどのひどさ。誰だ、あんなのを頭に据えたのは！
<br /><p>いい歳をして漢字が読めないくらいかわいいもので、地方分権の何たるかを理解できていないのには大いに呆れた。おおかた、このたびの金融危機の何たるかも理解できないに違いない。それでもG20にでかけ胸張って帰ってきた。
<br /><p>G20では、「IMFに2兆円拠出するからこれまで通りの体制でよろしく」ぐらいのことを言ってきたのだろう。米国以外の国々は、いまの体制ではだめだといっているのにだ。ドルを基軸通貨とするいまの体制は1944以来、米国主導で続いている。火元である米国主導で改革ができようはずもない。
<br /><p>ましてや、ブッシュはだいぶ前から死に体。次期政権が動き出すには就任から100日はかかるとの見方もある。迅速なアクションが叫ばれているのにだ。
<br /><p>ひところ、ビジネスマンが海外に出て、ご乱行のあまり大顰蹙をかったことがあった。おかげで、海外にでかけるたびに日本人じゃない振りをしたくなったりしたものだった。それが、国内事情でタナボタのPMになったものの、国内ではやりのOBAKAぶりを国内外で振りまいてくれるのだからたまらない。
<br /><p>これ以上恥の上塗りを重ねる前に、政党だか派閥だかのボスが介錯してやるのが武士の情けではないのか？それとも、もう見捨てられ、朽ち果てるしかないものか。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>Weblog</dc:subject>
		<dc:date>2008-11-17T08:17:40+09:00</dc:date>
		<dc:creator>oicu</dc:creator>
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		<item rdf:about="http://oicu.dtiblog.com/blog-entry-325.html">
		<link>http://oicu.dtiblog.com/blog-entry-325.html</link>
		<title>いかに「おバカ」タレント・ブームでも</title>
		<description>世をあげて「おバカ」タレントにわくブームでも、PMまで「おバカ」に相乗りすることはなかろうに。懸念していた通り、後先考えぬ放言居士がPMに選出される模様。

遅からず、お粗末な失言騒ぎで自滅しそうな気もする。それでは、このお祭り騒ぎがまるで無駄になるというもんだ。

とっとと秋葉のオタクに迎合するなり、漫画喫茶に埋没するほう</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p>世をあげて「おバカ」タレントにわくブームでも、PMまで「おバカ」に相乗りすることはなかろうに。懸念していた通り、後先考えぬ放言居士がPMに選出される模様。
<br />
<br /><p>遅からず、お粗末な失言騒ぎで自滅しそうな気もする。それでは、このお祭り騒ぎがまるで無駄になるというもんだ。
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<br /><p>とっとと秋葉のオタクに迎合するなり、漫画喫茶に埋没するほうが、国民のみならず本人のためともおもえる。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>Weblog</dc:subject>
		<dc:date>2008-09-22T07:53:52+09:00</dc:date>
		<dc:creator>oicu</dc:creator>
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